前にも言ったように3か月で、ずいぶん落ちこぼれに一路邁進している学生が顕著になってきた。
しかし、こうして縁のある身となった今、それを黙って見過ごすことはできない。学科主任と掛け合い補講用に小教室を借りた。今までの私のOfficeと比べると授業ははるかにやりやすい。
そのことを学生たちに告げ、希望者を募った。すると希望者は大変な人数となってしまった。本来補講というのは、授業を補強するもので、安易に考えてもらっては困るのだ。
そこで選別のために小テストを実施した。1か月前にやったのと同じ聞き取りテストで全問20問である。
彼らは「テスト」と聞くと、俄然真剣になる。教室も水を打ったように静まり返る。「おいおい待ってくれよ。要は君たちが普段からどれだけ身となり肉としているかだよ。なんでテストと授業と違うのだよ」
結果はやはり一ヶ月間の成果はそれなりに出ており、やっただけのことはあることには満足した。
それはそれとして、テストをしている間、本は盗み見する、隣と相談はする気が付いたら本は取り上げるものの、全くの無法地帯である。これは中国でなくともどこでも見られることで、あながち驚くことではない。 自分にも経験のあることだから、人のことは言えない。
しかしこちらとしてはある程度ほっておいて彼らの好きなようにさせた。
そして、テスト終了時に「御苦労さん、私はこのテストの結果は、補講の選別に使うつもりだ。このテストで非常に成績のいい人間は当然それだけの力がある人間だから補講からは外れてもらうつもりだ。」といったところ、彼らは「えー!」と一斉にブーイング。
しかし、「私は君たちに言ったはず。私は君たちの聞き取り能力を見たいからこのテストを実施したのであり、君たちの見る能力を知りたかったわけではないと」
彼らにとってはカンニングが裏目に出たわけである。やはり正道を歩んでほしいというのは、どの教師にとっても切なる願いである。
小テスト
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